東京高等裁判所 昭和34年(ネ)356号 判決 1960年10月27日
控訴人(被告) 東京国税局長
被控訴人(原告) 鵜殿静広
訴訟代理人 朝山崇 外四名
原審 東京地方昭和三三年(行)第五五号(例集一〇巻二号22参照)
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、(一)被控訴人は昭和三十二年三月十四日昭和三十一年度分所得税について収入金額二、一九六、九六五円販売原価一、七一五、八二八円差引差金額四八一、一三七円(その差益率は二一、九%となる)これから控除すべき経費一一九、九〇六円算出所得金額三六一、二三一円とする確定申告をしたので所轄小石川税務署長が右申告の内容を添附の決算書類等によつて検討してみると申告にかかる売買差益率は同業者の一般所得標準率による売買差益率三三%、被控訴人の前年申告にかかる売買差益率二六、二七%に比し低率であつた。よつて同税務署員は同年七月十一日被控訴人の店舖に臨み実地調査をしたのであるが、被控訴人は簡易簿記の方法による青色申告者である関係上現金出納に関する事項が帳簿組織の基軸となるものであることに鑑み先ず現金出納帳につき調査したところ、記帳現金残高と実際の手許現金残高とが符合せず金一一七三六六円の記帳脱漏のあることが発見され、次いで被控訴人が取扱つている店頭の靴類等の全種類の商品につき売買差益率の当否を検討し、仕入価格は買掛帳に、また売上価格は被控訴人の説明する売値にもとずいて確認し一品種毎の売買差益率を計算し、各商品毎の売上数量の比重を勘案した加重平均により被控訴人方の昭和三十一年度売買差益率を計算すると二六、四三%となつた(この方法を採つたのは帳簿書類の記載が必ずしも正確でないと認められたので箇々の取引の記載の正誤を点検するよりも総体的に適正な売買差益率を求めて所得金額を計算することが能率的合理的な方法であつたからである。)これ等の調査結果及び前年の売買差益率等を合せ考えれば、右調査の売買差益率により売上金額を計算すると二三三二二三八円となるのでこれから仕入金額一七一五八二八円被控訴人の申告にかかる経費一一九九〇円を控除して算出所得金額を金四九六五〇四円(申告額との増差額一三五二七三円)と算定し(なお売値には見切品について値引販売をしていたとすればこれが織込まれている)、これを更正の理由の附記として「売買差益率検討の結果記帳額低調につき調査差益率により基本金額修正所得金額更正す」と記載したのである。この記載は「帳簿書類の記載中売買に関する点に誤がありその認定根拠として小石川税務署長調査の差益率との比較によつた」旨を記載していることは明かである。すなわち売上金額という科目が修正された結果更正されたものであることは明であるのみならず変更された売上金額は更正通知書に記載されている増差額によつて明瞭にされているのであるし、加えて帳簿書類の売上金額が差益率よりみて過少であつたから更正するに至つたという経緯までも明かにされていることを第三者も理解し得るのみならず、被控訴人は前述の調査の顛末によつて明かなように商品ごとの売買差益率の計算については税務署員の調査に協力し、その調査内容を理解していたし、その後小石川税務署員が右更正に先だち課税内容を説明した上で修正確定申告書提出方を勧奨した際、見切品について値引販売の点を考慮していないから(これを考慮していることは上述のとおり)それには応じられない旨を表明してこれを拒否し、また再調査請求においてもこれと同旨の主張をしているのであるから更正が何故なされたかの経緯根拠については十二分に熟知していたものというべきであり、従つて右の記載の程度で被控訴人が更正の理由を了知していないとは認められず更正理由の附記としては欠くるところがないといわねばならぬ。(二)、審査決定の理由の附記もまた決定の説明であるということができるのであつて、それが要請されるのは附記された理由自体が重要であるからではなく、不服申立の限度で審査決定の結論の正当性が少くとも当事者に理解せられ得るための手段の一としようというにある。従つて当事者が附記された理由によつて決定の結論を理解し得る以上、法律上の要件としての理由の附記に欠陥があるとはいえずそれ以上の記載はいわば行政上の当否の問題にすぎないというべきである。本件審査請求に対する調査に当つては東京国税局に附置されている協議団に所属する協議官が被控訴人方の店舖に臨み被控訴人から審査請求を依頼された税理士立会の上で備付帳簿書類にもとずき原処分の当否を調査したのであるが記帳されている売上金額の基礎となつた販売数量を点検してみると帳簿上計算される売上数量(期首の在庫商品高に期中の仕入商品高を加え期末の在庫商品高を差引いて計算した数量)と符合せずそれよりも過少であることが明かにされたばかりでなく、また期末在庫の棚卸表をみると期中の仕入商品として記帳されていないものが掲記されているなど帳簿書類によつては正確に所得金額を計算することができない事実が再確認された。よつて期中の販売数量に従い見切品があるという商品については原価で販売したものと認め値引販売をしたという商品についてはその値引率に従つて売上金額を計算すると売上金額は原更正処分において認定した売上金額を上廻る二三四四、六一五円となつたので原処分は相当であると認め、三名の協議官によつて構成されている会議体の協議を経て請求を棄却したものである。
すなわちこの協議段階においても被控訴人は営業実体を説明し協議官の売上金額の調査に協力しているのであるからいかなる調査によつていかなる根拠でいかに所得が認定されたかを十二分に理解していたのである。従つて先に述べたような審査決定の附記理由の程度の記載によつて被控訴人は審査決定がなされた根拠を充分理解し得たものというべく、理由附記として欠陥はない。被控訴人が当審において更正額をも争うのは原審における自白の撤回である、控訴人はこの撤回に異議がある、仮に自白の撤回でないとしても時機におくれた主張として却下さるべきものであると述べ、被控訴代理人は仮に理由の不備のみに関する主張は理由がないとすれば更正された所得額その他の計算関係についてもこれを争うと述べ、………(証拠省略)………た外は、原判決の事実に摘示されたとおりであるからこれを引用する。
理由
控訴人は本案前の抗弁として、被控訴人において本件更正及び審査決定の課税標準及び税額を争わないから右各処分の取消を求める利益を有しない旨を主張するけれども被控訴人は本訴において初めから右各処分の課税標準及び税額につき不服がないとするものではないことは昭和三十三年十二月四日午前十時の本件口頭弁論調書(原審)に「課税額を正当として承認するものではない」旨の記載のあることによつて明白であり、ただ更正又は審査の処分に具体的に理由を附記することはその必要な要件と解すべきであるのに、本件はこの点に不備があるから右処分の取消を求めるというのであつて、(課税標準又は税額に何等の不満もなく、理由の欠缺、不備についてのみ不服があるという場合は訴の利益を欠くものといわなければならないが)両者を不満としながら、本訴においてその一をとつて判断を求め、他を違法事由として主張しないということは当事者の自由であつて、敢えてこれを妨げないものというべきである。また控訴人は被控訴人が当審において本件各処分の課税標準及び税額を争うものとすれば、自白の撤回である旨、及び仮に自白の撤回でないとしても時機に後れてなされたものであつて許されない旨を主張するけれども被控訴人が原審において課税標準及び税額を自白したものでないこと上述のとおりである以上控訴人主張のいずれの場合にも当らないこと勿論であつて控訴人の本案前の主張はこれを採用することができない。
次に、本案について判断する。被控訴人がその所得税につき青色申告の承認を受けたものであること、被控訴人が昭和三十二年三月十四日小石川税務署長に昭和三十一年度分の所得税につき所得金額を金三十万九千四百二十二円として確定申告をしたところ、同税務署長は昭和三十二年七月二十九日附で所得金額を金四十四万四千六百九十五円と更正し、同月三十日被控訴人にこれを通知し、その通知書に更正の理由として「売買差益率検討の結果記帳額低調につき、調査差益率により基本金額修正所得金額更正す」と記載されていることは当事者間に争がない。よつて右理由の記載の当否について考えてみるのに青色申告者の青色申告書の提出を認められている年度分の所得額について、申告者の帳簿書類を調査し、その調査により計算に誤があると認められる場合に更正することができるしその場合に更正通知書に理由を附記することを要することは所得税法に規定されているところである(同法第四十五条第二項)。しかして右の計算に誤があると認められる場合とは帳簿書類自体の調査の結果計算の誤が発見された場合に限られることなく、帳簿書類と共にこれに関連する取引状況等の調査により遺脱誤記誤算のあることが確認された場合をも含むものと解すべきところ、成立に争のない甲第二号証、当審証人宮本忠雄(第一、第二回)同副島二郎(第一、第二回)によれば、小石川税務署係官が被控訴人宅に臨み被控訴人提出の確定申告につき帳簿書類を参酌して検討を加えたところ、記帳現金残高と実際の手許現金残高が符合せず、記帳に脱漏のあることが発見されたので更に全商品につき各品種別に数個の商品について、帳簿にあらわれた仕入価格と被控訴人の説明による売渡価格とを対照し、見切品または値引に関する被控訴人の説明、各品種別の売上数量の比重による加重平均をも勘案して、被控訴人の営業における売買差益率を研究した結果及び前年度の被控訴人方の売買差益率等を参酌し売上金高を計上し、これから仕入金額、経費を控除したところ、更正額を上廻る所得額が算出されたこと、(一品毎に仕入額と売上額を対査することができればそれに越したことはないが、これは云うべくして行われ難いことは論なく、上記差益率による算出方法はやむを得ないものと認める外はない。)及び被控訴人は小石川税務署員の右実地調査の際はこれに協力してその結果を了知しており、また同税務署長は被控訴人に対し更正処分を通知するに先だち右係官の調査にもとずく課税内容を説明して約金十万円の修正を加えた確定申告書の提出方を勧奨したが被控訴人はこれに応じなかつたのでやむなく被控訴人に対し上記のとおりの理由を附記した書面を以て更正処分を通知したことを認めることができる。当審証人加納清の供述中右と牴触する部分は前顕証拠と対比し措信し難いし他に右認定を動かすに足る証拠はない。ところで右更正処分通知書に附記された理由の記載について考察するのに右記載は結局「帳簿書類中売上金額の計算に誤があつたから小石川税務署長調査に係る差益率によつて修正したものであること」を明かにした(修正の理由は差益率の点のみであり、その額は申告額と修正額とを比較されば直ちに判明する)ものと解すべきであつて上記の事実関係に徴すれば納税者である被控訴人においては容易に右理由の記載を右のように理解することができたものと推測される。(標準差益率によつて修正したものでないことは前説示によつて自ら明らかである。)もとより更正決定通知書に附記される理由の内容は更正処分の公正と正確を期する上からもできるだけ具体的に詳細且明確に表示されることが望ましいことであるとしても右理由の表示方法につき特別の規定はないのであるから申告者において修正理由を理解し得ることを目途とすべく、本件修正の理由として上記の程度の記載がある以上本件更正処分に理由の附記を欠く(又は理由の不備によりその附記を欠くに等しい)違法があるものということはできない。従つて被控訴人の本件更正処分取消請求は理由がない。更に、被控訴人が右更正処分を不服として昭和三十二年八月二十二日小石川税務署長に再調査の請求をしたところ、同税務署長が同年十月三日附で右請求を棄却し同月四日被控訴人に通知したが右通知書にその理由として「再調査請求の理由として掲げられている売買差益率については実際の調査差益率により店舖の実態を反映したものであり、標準差益率によつた更正ではなく当初更正額は正当である」と記載されていたこと、及び被控訴人が右決定を不服として同年十一月一日控訴人に対し審査請求をしたところ控訴人が昭和三十三年一月二十八日附で右請求を棄却し(直所審第五〇号)同月二十九日被控訴人に通知したが右通知書にその理由として「あなたの審査請求の趣旨経営の状況その他を勘案して審査をしますと小石川税務署長の行つた再調査決定処分には誤がないと認められますので審査の請求には理由がありません」と記載されてあつたことはいずれも当事者間に争がない。被控訴人は右審査決定に附記された理由は抽象的で趣旨不明であり従つて右決定は理由を欠いたと同様であつて違法である旨を主張するので案ずるに右請求棄却の決定に理由を附記するを要することは所得税法の規定に徴し明であるが(同法第四十九条第六項)前認定の事実(更正の経過)のもとにおいて右理由はこれにより決定の結論に至つた理由を理解することができる限度に記載されているものと認められ理由を欠く違法はないものと解するのが相当である。しかして成立に争のない甲第四号証、当審証人宮本忠雄(第一、第二回)、同副島二郎(第一、第二回)、同加納清(一部)によれば、被控訴人から控訴人に対し本件審査請求を申立てたため協議団所属の協議官は被控訴人店舖に臨み税理士立会の上備付帳簿書類にもとずき調査した結果帳簿上の記載は不正確であつて帳簿上の記載は事実上商品の販売数量仕入数量若くは在庫数量と符合していないため被控訴人の説明に従いその販売数量にもとずき、その中見切品は原価で、また値引品はその値引率に従つて売上金額を計上したところ前示更正処分で認定した売上金額を上廻るに至つたこと、及び右調査に当り被控訴人も協力し調査の実態を了承していたものであることが認められる、右証人加納清の供述中右認定に反する部分は上記各証拠と対比し措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。しかも上記審査請求棄却の決定に附記せられた理由の記載によれば、右決定の結論を理解することのできる限度の記載と認められるから右決定についても理由の附記を欠く違法があるものと解することはできない。従つて被控訴人の右審査請求棄却の決定の取消請求も理由がない。(しかも本件更正処分による課税標準及び税額についても上述したところにより不当な点は認められないことを附記する。)しからば控訴人に対し本件更正処分並に本件審査請求棄却決定の各取消を求める被控訴人の本訴請求は失当たるを免れないから右請求を認容した原判決は不当である。よつて本件控訴を理由ありと認め民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)